最高の瞬間

ありふれている言葉だからこそ、その意味を持つからこそ本来一度限りの言葉。

もし口にするなら、たった今浮かんだ幸福の一刻についてだ。

初めて訪れた宝塚のあの日のこと

セピア色の祝福された優し気な街、宝塚。

開館前に歩道の端で座り込んで、時よ遅しと花の道を振り返り、

平日の喧騒が交わす会話を流していた。

徐々に靴音が忙しくなる、あれは踏まれる石床がそれ自体往復していたのではないか?

9月の初旬の朝のまだきを過ぎたばかりとはいえ、

残暑に玉結ぶ汗も癒えず一升瓶代わりにあおる2リットルの天然水。

水がペットボトルの底から一息で飲み口の滝つぼへ逆しまに落とされれば

忽ちの勢いでぎらつく太陽へ聳える水爆の音。

潤いの中遠ざかる周囲の騒ぎ、そこに飲み干されたのは

数刻の度見かけられる宝塚音楽学校の生徒たち

それを目ざとく激写するパパラッチ気取りのカメラマン

噂し合う大蛇のごときファンの取り巻き

はにかみと困惑の顔で横断すればいかにも人の好さそうな気を装ってはところかまわずシャッター音を響かせる。

それは満員電車で無遠慮にでまき散らすくしゃみの唾と臭いで、黄ばんだ歯列から吐き出されるかと思うとぞっとして後ろの人を突き倒して逃げ出したくなるおぞましさ。

ああ、清廉な制服姿で笑顔をこわばらせている

なんと節操のない…

乙女を収めたカメラをかついで水の色やみどりの色したランドセルの少女たちを追って

無邪気な"おはよう"をむさぼり始めたぞ

脇を盛り上がった筋肉の脚でとびぬけてゆくランナーやスーツ姿のサラリーマンの邪魔立てになりながら。

ややあって…

天を仰いで劇場を過ぎ通る一条の電鉄

ゴトンゴトンと脈動させながら視界の端へ呑まれてゆく彼のものに

陋劣さと騒擾を請け負ってもらい、他のものが目を向けぬところへ手を伸ばし、

血潮を透かしみせる。

陽気に真白く映えるほんの僅かな時、それはやってきた

幸福を告げる瑞兆とともに

我が崇敬する頂の座にある永遠なる焔の環

星が有する唯一の灼熱の錫杖

その先端から決定的なことを知らせるため我が元と臨むべき"時"と"場"とを射て見せたのだ

私は心の中で叫んだ、歓呼の衝動を

そして慄いた、身じろぎ叶わぬ一瞬とついに邂逅したために

これが…

なんという…

美しかった、水仙や牡丹の花で裾をなびかせ

すももの帽子で風を抑える姿が

溢れかえる光の中モンシロチョウがたゆたうように

金色の鱗粉を撒きながらひらひらと

我がかたえを過ぎていったのだ…

ああ…

またひとつ忘れられぬ溜息をつかせてくれたな、

今でこそ尊いまぼろしに憑かれているためにこうして書いたのだ、

あてどなくさまよう幽玄なる中に辿り着いた涯のことを