ブロンドの巻き毛の人 後編

ついに力が抜けて倒れこみそうになったのでいつの間にか一糸まとわぬ姿になっていた目の前の撓わな女体にしがみついた。疲れ果てて凭れ掛かったような有様である。捕食の対象が抵抗力失ったのを待ち望んでいたように彼女は体を押し付け、壁へ追い込んできた。

 気力も尽きて壁に背をあずけ坐りこむと「かわいいなあ。よしよし」と頭を撫でてくる。無上の幸福感だった。虐待を救われたばかりの怯えきった犬のうらぶれる心を慰める告解と全認の手。撫でられる度に胸の中へ苦汁の滴りが落ちていき、燻んだ殻が剝がれていく聖化の抱擁の優しさ。涙は尽きなかった。

その後ある1シーンが映画の予告のように意識で、脳内で起こった。

 夢というのは半覚醒状態で、夢の世界に没頭していながらも同時に外部への意識として平常、心が作用している通りに眠っていながらにして思惟や情感が機能しているようで、このとき俺は一部現実感を取り戻しており体感で眠りに入ってからの経過時間と、出勤時間(起床時間)までの残り可能な睡眠時間を瞬時に推し測り、本来視るはずであった夢の続きを意識下においてあらすじ仕立てで組み上げ、ダイジェストで臨時再生したのである。

その夢の続きはこうだ。

ツインテールメガネの女装姿に変じる俺自身の姿とそれへ化粧、コーディネートする彼女の姿。(これは我が中学生時代の俺好みの一人の女子そっくりの装りだったと思い返せる) それとさらに、髪の毛をツンツンに立たせ光沢に煌めかせた黒のロングコートの姿。衣装自体も舞台映えするような伊達の格好だった。

この二つは大いなる愛惜をくれる彼女が気に入った男を自分好みに他者へ披露しても遜色ない磨きをかけ、あらゆるものに向かって誇りたい一心からくる施しであった。

なぜ"彼女"とはいえ他人にも関わらずその思惑が間違いなくわかるかといえば"他人"とはいえこれも我が夢の結像であり、その胸中、意志の動きは我が望むままに変化するのか、それとも、あるイメージのままキャラクターとして発揮される個性は夢を起した人物のイメージに沿うからであろうか。彼女は我が願望であり、我が意志の形態であった。他者の像はあくまで我が夢の中だろうが他者に過ぎぬ。しかし彼女は我が内の一人、いつであろうと望む限りあらゆる願望の混沌が秩序を持ったものとして顕れる存在なのだと思う。理想の恋人、現実において心惹かれるべき未認識の唯一。無意識の分析者の言うアニマ、無意識の自浄作用、心の声、バランサー、導くもの、だと解釈する。

 

さて、柔らかな緑地の巣主たる白兎たちさえ赤ら顔になる睦み合いを終え恋人にするようにしてくれた始めのことは女装では無く凛然たる黒衣の見立てだった。

まず髪を切り(幼いころ父についていった美容室で妙齢の優艶なる美人が颯颯と鋏を翻して決めてしまう業っぷりから彼女の一イメージとして付随させた趣がある)、ワックスで整えると「髪に似合う服を買わないといけないね」そうして一式衣装を贈与してくれるためにデートをすることになる。

俺は彼女が支度を終えるまで手入れされた鉢植えで緑したたる月光に照らされた門前で待っていた。(ここはロミオとジュリエットでジュリエットが月に愛の真実を問うかのバルコニーの様相に似ていた。なお夢が選んだとすれば素材になったのは龍真咲、愛希れいかコンビ時のものか)

彼女が出てきた。隣り合って愈々デートかと思っていると見知らぬ他所の男が突然として現れ、その手を握ろうとしていた。「あなたは眼中にないのよ」とふりほどき、男を投げ飛ばした。その先にいたのは俺で両手に荷物を提げたまま左側へ邪魔だと投げやった。

俺を選んでくれたことが嬉しく荷物をまとめ、右腕を空ける。すぐさま隣へ駆け寄り腕を絡ませてきた。

 二人で階段を降り街へ向かっていく。手をつないだまま幅の広い階段を飛んでいくように駆け降りる。まるで太陽が昇らぬ月のみの星で地下へと続く暗い世界への入り口を目指すように。彼女の足はすらりと美しく、黒曜の世界で何よりも魅力的だった。その美脚の躍動するのを誇らしく思うのと同時に、我が為のみに力を貸してくれることになった白銀のユニコーンが先駆けて見失ってしまうのをを恐れる気持ちで懸命に歩調を合わしていた。