揮毫

 

 さて、思い積もることの多かった全春秋の四半分足らずを長患いのまま手放さずにいると毒に浮かされてつつあるので生来の奔放さに任せ、起筆することにした。

 

未だ心中の我が呼び名さえ定かならず独白の文体を理想によって都度準えるばかりなるが、流水に浸され船をまにまに運ばれてゆく内に陶窯の型も基礎も判然となることを嘱望するこの方である。

異常者日記ともキチガイ記録ともつかぬものになろうが世界の空洞を満たす為の行為、真っ黒な錯雑した生きている内部が喚起する幻影を永いうつろな余韻に残したい一心に変わりはない。

 

壮大なばかばかしい嘘を並べ立てるにも等しくなるやもしれぬ恐れを振り切り激情にゆれる我がおののく魂を赤い金色の夕もやの漂う丘の上に真珠色の雲を累積させたいこの壮挙が、生への高揚たることを示す一念である。

ハッハッハ

偉大なる書道家が年末にその年の正鵠を的の代わりに巨大なる紙、握り固めた雪の手触りの、皇帝陛下を浮気心の虜にする淫ら売りに落ちた元宮仕えの女が下半身に纏い着ける濃厚な化粧色のごとき紫手触りの "それ"へ向かってこれまた巨大なる筆、古の唐土にて乱世の奸雄と気をたてられた武帝の庭園から引き抜きそのまま筆にしたような武骨と偉大極まる "それ"で、猛けはやる気焔のままに振り払い薙ぎ払うように綴り合わせたが今まで書き記した既読の表現、それもほんの少し前の限られた時期のものだけで膨大なる数の池を有する貴族の別邸、白亜の女神像見下ろす宮殿へと落成するに至ったとは。

 

肝心の時日の出来事はそっちのけとなり、趣旨も変異したために標題も一考することにした。

いやあ、湧き上がる泉の水泡も故意に割るか蓋で一気に潰し止めるかして今日はここまでで嗚咽と吐瀉は終いにする。

ふむう、その二つならば我が意のならざるものだが……

おおっと今日はここまでだったな全く目が冴えて眠れぬ夜の煩悶だな、これでは。

失敬失敬